みんな大好き。ドラクエ序曲のひみつ

誰もが一度は耳にしたことがある、すぎやまこういちさん作曲のドラゴンクエストテーマ音楽。さあ冒険の旅に出発するぞ、といった気分も高まる勇壮な雰囲気の名曲ですね。クラシックで同じ趣向をもつ作品といえば《ニュルンベルクのマイスタージンガー》序曲などが挙げられるでしょうか。

ここでは、《ドラクエ序曲》の音楽的な魅力を旋律の面から分析してみます。

まず、この作品の音楽スタイルについて。この作品は古典・ロマン派のスタイルに基づいて作曲されており、和声(コード進行)は比較的単純です。つまり、伝統的な機能和声の規則通りに作られているわけで、その点ではそれほど特徴的なところはないと言えます。が、しかし。この作品は旋律の作り方が非常に面白いのです。一言で言えば、完全四度を多用する旋律になっているのがこの作品の特徴であり、大きな魅力です。以下でそれを見てみましょう。

譜例のなかで印をつけてあるところが完全四度です。どうでしょうか?ものすごく多用されていますね。仮に譜面が読めずとも視覚的に一目瞭然です。ところで、完全四度とはなんでしょうか。音楽理論に明るくない方のために簡単に説明しておきますと、ある二つの音(ドとファなど)があり、その二つの音のあいだが半音5つ分離れている場合に、この二つの音の音程関係を「完全四度」と呼びます(本当はもう少しフクザツな規則があるのですが、ここでは割愛)。

一般にクラシックにおいては、近代音楽に近づくにつれて旋律に完全四度の音程が増加していくという傾向がありますが、私の知る限り、この作品のように古典・ロマン派の和声スタイルをきっちり踏襲しながら、完全四度の積み重ねによって全体の旋律を作り上げるという例はあまり無いと思います。また、旋律における完全四度のワク構造は「テトラコルド」とも呼ばれており、ふつう民謡や民族音楽などで多用されるものです。完全四度に基づく旋律はプリミティブで親しみやすい印象を持つ、と言い換えてもよいでしょう。そういえば、「た〜けや〜、さおだけ〜」の旋律も完全四度のテトラコルドですね。《ドラクエ序曲》の、気宇壮大でありながらどこか懐かしい響き、古くて常に新しいその魅力は、機能和声+完全四度の旋律という幸せなカップリングにあるのではないでしょうか。

最後に、ゲーム音楽全般についてちょっと一言。子供、とくに小中学生くらいの年齢の子が音楽に接する時間を考慮した場合、一番大きな影響力をもつのが「ゲーム音楽」ではないでしょうか。なにしろ一つのゲームをクリアするのに何十時間も同じような音楽を聴き続けるわけで、この年齢の子供たちにとってこういった長時間の音楽体験は、ゲーム音楽以外にはふつうありません。ですから、ゲーム音楽が幼年期の音楽的感性に与える影響力はとても強いのです。これはもうある種の音楽教育と言っても良いのではないか。学校で受ける音楽の授業でイヤイヤ「聞かされる」10分間のベートーヴェンなどより、ゲーム音楽の方がよっぽど子供の音楽的感性を育てていると思うのです(別にベートーヴェンの音楽がダメだと言っているのではありません。念のため)。小中学校における音楽教育の形骸化が一部で叫ばれている、その横で、子供たちは良質なゲーム音楽からしっかりと音楽を学んでいます。…何が言いたいかというと、ゲーム音楽作曲家が担う音楽教育上の責任はけっこう重大だということと、すぎやまこういちさんはやっぱり偉大だ!ってことです。

※旋律のどの部分を「完全四度」として切り取るのかは実のところわりと自由であり、唯一の正解があるわけではありません。このことは分析の恣意性や欠陥を意味するのではなく、逆に、その切り取り方そのものに音楽分析や聴取の個性が宿るのです。要は、「こう分析してみると(=聴いてみると)面白いんじゃない?」という提案であり、アナリーゼとは本来そういったものです(たぶん)。